本稿は、拙稿(2011)「都市の多様性とレジリエンス - ジェイン・ジェイコブズから学ぶ -」,日本都市計画学会創立60周年記念パネルディスカッション:「都市計画」の志向する未来、「都市計画学」の拓く道,pp.26-27 に掲載されたものです。
1. アメリカ大都市の死と生
本年2011年は、ジェイン・ジェイコブズの『アメリカ大都市の死と生』1)が1961年に公刊されてから、ちょうど50年目に当たる。周知のとおり、ジェイコブズは同書で、ハワードやコルビュジエの流れをくむ近代の正統派の都市計画および都市再開発の基本原理と理念を批判した。しかし、50年経った今も、都市計画はジェイコブズの批判を乗り越えることができていない、と言わざるを得ない。
2. 都市的多様性を生む4つの条件
ジェイコブズは、大都市における人々の社会的な行為や経済活動を詳細に観察して、都市が安全で暮らしやすく、かつ経済的な活力を生じるためには、複雑に入り組んだきめ細かな多様性が必要であり、そうした都市の多様性が生まれるためには、「4つの条件」、すなわち「条件1:混合一次用途の必要性」、「条件2:小さな街区の必要性」、「条件3:古い建物の必要性」、「条件4:密集の必要性」がすべて揃うことが必要であると主張した。
ジェイコブズの提示した「4つの条件」は、都市計画や建築デザインの分野では非常に有名であり、現実の都市計画にも少なからず影響を及ぼしている。特に条件1や4は、高層高密の複合用途開発というかたちで、都市再開発でも取り入れられている。
しかし、しばしば無視されがちなのが条件3の「古い建物の必要性」である。ジェイコブズは,たんに文化性の観点から,古い建物の必要性を主張しているのではない。新規事業が生じるためには、賃料が安い古い建物が必要であり、古さや条件が異なる様々な建物が、一定の地区内にきめ細かく混在していることで、居住者や事業の多様性が生じ、それが経済の活力をもたらし、街路の安全にもつながると主張しているのである。
たとえば、大規模開発において、大きな街区の中に歩行者専用のプロムナードを設けることで、条件2を満たすような計画がなされることも多い。しかし、そのプロムナードに面して、様々な年代やタイプの建物が混在していない限り、安全で活気がある街路の代用にはならない。
いやそんなことはない、建物がすべて新しくても活気がある場所もあるではないか、と反論する人もいるかもしれない。しかし、そうした場所をよく観察すると、その周辺地区の多様性に依存している、言い換えると周辺のまちに "生かされている" ことに気がつく。
もうひとつ留意すべきことは、ジェイコブズは、地区の潜在力は様々な理由から異なっており、「4つの条件」が与えられても、都市のすべての地区で同じように多様性が生じるわけではない、と述べていることである。しかし、「4つの条件」を発展させることで、都市の地区は、そこがどんな状況にあろうとも、最大の潜在力を発揮することができる、したがって、そうなるための障害は取り除くべきである、と主張しているのである。
3. 組織化された複雑性
ジェイコブズの提示した都市的多様性が生じるための「4つの条件」は、その客観的な根拠が問題にされることも多い。あるいは、50年前に書かれたアメリカの大都市の話であり、現在の日本の都市にはあてはまらないと考える人も多いかもしれない。
しかし、ジェイコブズは「4つの条件」を、「多様性」を示す尺度を精緻化して、データにもとづき客観的に証明するものとして提示しているのではない。都市を具体的に観察して経験的に体得するものとして提示しているのである。 実は『アメリカ大都市の死と生』の最終章(第22章)「都市とはどういう種類の問題か」を読むとわかることであるが、ジェイコブズは、都市を秩序だった単純なもの、あるいは無秩序で複雑なものとしてとらえるのではなく、生命体のように「秩序をもった複雑なもの」としてとらえている。
都市が提起する問題は、生命科学のように、「組織化された複雑性」(=“organized complexity”)の問題、つまり、際限なく多くはないが相当な数の要素が相互に関連してひとつの有機的なまとまりをなしているものを扱う問題である、とジェイコブズは看破している。こうした考えは、1980年代後半以降に発展した「複雑系」の科学に通じるものがあるが、ジェイコブズはその30年も前に、その認識に到達していたことになる。
そして、「組織化された複雑性」の問題に対処するためには、①プロセスを考え、②個別事象から一般事象を帰納的に考え、③平均からはずれたものを手かがりにして、より平均的なものが機能する仕組みを考えるという思考習慣が必要であるとジェイコブズは主張する。
ジェイコブズの見出した「4つの条件」は、まさにその実践なのである。そして、それは特定の時代や場所を越え、普遍的な「都市の本質」を探り当てるものでもあった。
4. 意図しない行為
訳者の山形が端的に解説しているように(邦訳 p.480)1)、ジェイコブズの主張の核心は、都市が都市であるために本質的に重要な点は、人々が一定のプライバシーを確保したうえで、互いの関係を築くことができるということにある。そして、それを可能にしているのは、都市の街路において、人々の活動の目的とは直接関係のない「ついでの活動」、「意図しない行為」の複雑な相互関係が生み出されているからである。たとえば、商店街で商店主が商売をし、人々が買い物をするという行為が、意図せずして街路を見守り、街路の治安を保つといったことにつながる。
少し大雑把に言えば、多様性に富むということは、こうした「意図しない行為」が活発に生じていることである。そのような状況が生じるためには、前述の「4つの条件」がすべて必要であるということを、ジェイコブズは主張しているのである。
『アメリカ大都市の死と生』では、人々の「意図しない行為」の相互関係の重要性が数多く例証されているが、特に印象に残っているものをひとつ紹介したい。それは、第4章「歩道の使い道―子供たちをとけこませる」の一節である。
ジェイコブズは、街路では無数の大人たちの「目」が子供たちを見守ってくれるため、子供は公園などよりも街路で遊ぶほうがよいという主張を例証したのち、以下のような論を展開している(邦訳 pp.102-103)。
現実世界では、子供たちが成功した都市生活の第一原則を学ぶのは―そもそも学べたらの話ですが―都市の歩道にいる通常の大人からだけなのです。その第一原則とは、人々はお互いに何らつながりがなくても、お互いに対し多少なりとも公共的な責任を負わなくてはならない、ということです。これを言われただけで学ぶ人はいません。自分とは何の姻戚関係も友人関係も役職上の責任もない人が、自分に対して多少なりとも公共的な責任を果たしてくれたという体験から学ぶものなのです。
(中略)
都市住民が都市の街路で起こることに責任を負わなくてはならないという教訓は、地元の公共生活が享受できる歩道にいる子供たちには、何度も何度も繰り返し教えられます。それは驚くほど幼い時期に身につくものです。身につけたとわかるのは、かれらもまた自分が監督する側の一員でもあるのだということを、当然のことと見なすようになるからです。迷子になった人に、進んで(訊かれる前に)道を教えます。そんなところに駐車したら駐禁切符を切られるよ、と警告します。(中略)都市の子供たちが街路でこうした自信たっぷりな態度を取るかどうかは、歩道やそこを利用する子供たちに対して、大人たちが責任ある行動を取っているかどうかをかなり雄弁に物語ってくれます。子供たちは大人たちの態度を真似ているのです。
たとえば、見知らぬ人が道に迷っているときに道を教えてあげるという行為は、そうした行動をとる大人をみて子供が学ぶものである。それは、そうしなければならないと学校で教わっても身につかない。子供に対して教える立場にある人の言葉から学ぶことのできない性質の「パブリックな責任感覚」である。それは、都市の街路において、大人から教わることを意図しないで遊んでいる子供が、子供に教えることなど意図していない大人の行動から学ぶものなのである。
現代の都市が抱える様々な問題は、こうした「パブリックな責任感覚」が広まることで、大幅にその問題が軽減されるものも少なくないであろう。しかし、この「パブリックな責任感覚」を、教育によって無理やり叩き込もうとしても徒労に終わるだけである。一方、地域のすべての人がお互いに知り合いになるような村落的な共同体を再生することで「パブリックな責任感覚」を取り戻そうとする試みも、仮にそれが可能であるとしても、都市の活力を失う方向にしか作用しないであろう。
5. 都市のレジリエンス
大規模な災害が相次ぐ中で、都市の「レジリエンス(resilience)」が着目されている。おそらく、人々の「意図しない行為」が活発に生じていて複雑な相互関係が生み出されている都市は、「レジリエンス」が高い都市の条件を備えているのではないだろうか。
こうした観点に立てば、ジェイコブズの提唱した都市的多様性を生む「4つの条件」は、都市のレジリエンスを高める条件でもある。それは、都市計画が、都市が本来持っている可能性の地平を切り開く手がかりを与えるものであると確信する。
参考文献
- 1) Jane Jacobs (1961) ,The Death and Life of Great American Cities, Vintage, Random House (邦訳:[新版]『アメリカ大都市の死と生』,山形浩生訳,鹿島出版会,2010年)
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画像:「ジェイン・ジェイコブズの世界 1916-2006」(別冊「環」22)藤原書店
芝浦工業大学システム理工学部環境システム学科・防災空間計画研究室
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